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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(行ツ)86号 判決

京都市上京区大宮通寺之内下る東入西北小路町四四三番地

上告人

地土正秀

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五八番地

被上告人

上京税務署長 内田勝康

右指定代理人

寺島健

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五七年(行コ)第八号所得税更正決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五八年四月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高田良爾の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでその不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一)

(昭和五八年(行ツ)第八六号 上告人 地土正秀)

上告代理人高田良爾の上告理由

第一 原判決は、「当裁判所も控訴人の請求は何れも失当であると判断する。その理由は次の点を付加、訂正するほか原判決理由の記載と同一であるからこれを因用する」旨判示し、第一審の判示に対し何んらの疑問もなげかけることなく、第一審判示を引用している。しかし、原判決は、事実の認定を誤り、そのうえ、推計課税の合理性の判断、実額の認定方法を誤り、被上告人の上告人に対する昭和四六年及び同四七年分の所得を過大に認定したものであり、破棄されるべきである。

第二 昭和四七年売上金額の認定の誤り

一、昭和四七年売上金額の合計を計算したり、また、確定申告額を算定するために必要な注文伝票(甲第二号証乃至同第二七号証)で、得意先や店頭で洗濯物を預って、その都度二枚複写の注文伝票に得意先名、預かり日、品名、数量、金額が記載され作成してあった昭和四七年の注文伝票の部分を地域別(注文伝票は地域別に記載するしくみになっているため)に期間を調べると次の通りになる。

「No.一」は昭和四六年一二月二一日から同年一二月二六日迄の六日間

「No.二」は昭和四六年一二月二一日から同四七年一月二五日迄の三六日間、

「No.八」は昭和四六年一二月二一日から同四七年一月一八日迄の二九日間、

「No.×」は昭和四六年一二月二一日から同四七年二月一八日迄の六〇日間、

「公団」は昭和四六年一二月二一日から同四七年一月一八日迄の二九日間、

「メガロコープ」は完全記載。

以上のようになる。

要するに、No.一は六日間で、No.二は三六日間、No.八は二九日間、No.×は六〇日間、公団は二九日間の注文伝票の部分が無いから、昭和四七年一、二月分について不完全と指摘していると思料される。しかしNo.一以外の注文伝票の不完全な期間は昭和四七年元旦から一月五日までの正月休みも含まれており、前記した日数よりはもっと少なくなるはずである。地裁判決二三頁一行目「所得課税は可能な限り所得の実額によるべきであるから」同ページ四行目「実額計算するに足る資料が提出されたときは、実額によって算定すべきであり」同ページ裏七行目「これらの資料によって原告の昭和四七年分の所得金額(そのうち特に収入金額」の実額を算出できないかどうかを検討する必要がある。」同二四ページ一〇行目「店頭や得意先回りで顧客から注文をとって洗濯物を預かると、その都度二枚複写で注文伝票(甲第二号証乃至同二七号証、裁決では『納品書兼請求書』とされている)を作成し、クリーニングを仕上げた洗濯物を店頭渡しまたは得意先に配達して納品するが、この時、代金の支払いのないものは(支払いがあれば注文伝票にその旨記入)、毎月二〇日しめで注文伝票をもとに地域別に分けた顧客毎に一か月間の代金額を集計して集金手控(甲第二八号証乃至同八八号証、但し文書の表題は『請求書』とある)を作成し、顧客には先の注文伝票をまとめて手渡して集金し、集金手控に入金をチェックしていたことが認められる。」同二五ページ表一行目「注文伝票にはすべての注文が記載されるしくみであるから、本来これを集計することによって売上金額を把握することが可能であると考えられる。」同二五ページ表九行目「審査請求において原告が昭和四七年分の売上金額を四五九万一、五七六円と申立てた当時には右資料がすべて揃っていたとの部分も存在し、右注文伝票(甲第二号証乃至同二七号証)を集計すれば四〇六万五、三八〇円となり、集金手控(甲第二八号証乃至同八八号証)を集計すれば四二七万五、七六〇円となる。」同二五ページ裏六行目「原告の主張する昭和四七年分の売上金額四五九万一、五七六円で同年分の外注費を五六万四、五三〇円として原告の外注費率を計算すれば一二・二九%となって極めて類似するのに対し、被告主張の推計による売上金額六二三万六、二七七円で外注費を右同額として計算すれば、外注費率は九・〇五%となって格差が生じ、以上によれば原告主張する売上金額が実額であると考えられなくもない。」以上が地裁判決文からである。また、地裁での証人調書で高田初夫の証言においても、被告代理人「乙第七号証の請求書は一冊の簿冊を掲載してそれが終ったら次の簿冊に移る使い方をすれば、日付が連続しておれば抜けるということは考えられませんね。」の問いに、証人は「はい」被告代理人「使い方としてはどうなっていましたか。」証人「表紙に一、二等のマークをうたれ、それ毎には一応ランニングになっていたように思います。」被告代理人「いくつかの簿冊を並行して使っていたということはあるのですね。」証人「はい」、次は原告代理人「乙第七号証の一から四二ですが、これ以外にも原告が提出したものがあったのですね。」証人「はい」、「原告代理人「そこに記入してあること自体、うそを記入してあったかどうかですがどうですか。」証人「そのつど書いたものか、家に持ち帰って書いたものかははっきりしませんが、その都度書いたものであると判断しております。」地裁原告第五準備書面第三の九、二でも主張の通りである。また集金手控(甲第二八号証乃至同八八号証、但し文書の表題は「請求書」とある)の中には昭和四七年一月二一日から同一二月二〇日までの店頭や得意先回りで顧客から洗濯物の注文をとり、それを注文伝票に記載し納品時に代金の支払済みとなっている以外の地域別に分けた顧客毎に昭和四七年二月分の代金を集計した証があることなどの事実、また昭和四七年確定申告の収入金額算定基礎となる昭和四六年一二月二一日から昭和四七年一二月二〇日までの期間で集金手控の二月分から一二月分までと先に述べた地域別の不完全期間以外の納品時に代金支払済みとなっている分も記載されている注文伝票により昭和四七年売上金額の全額の九三%以上の計算が可能で、記載不完全の期間も全体の九%程度であるから原判決の「注文伝票は昭和四七年一、二月分について不完全」との判断は早計である。また推計の必要性が存在していても、原判決「所得課税は可能な限り所得の実額によるべきであるから」と述べられているように、推計部分もより実額に近い算出をすべきであり、他においてもそれが基本と思料する。

二、一審判決二六ページ表五行目「期間の連続を欠くものであり」は甲第四号証(公団)が昭和四七年四月一八日から使用をはじめ同年六月二日まで使用済みになっており、甲第五号証(公団)は昭和四七年六月七日から使用をはじめ同年七月二六日で使用済みになっているから昭和四七年六月二日から同年六月七日だから期間の連続を欠き、その他甲第九号証(No.八)、と甲第一〇号証(No.八)、甲第一〇号証(No.八)と甲第一一号証(No.八)から甲第一二号証(No.八)、甲第一六号証(No.一)から甲第一七号証(No.一)、甲第二二号証(No.×)から甲第二三号証(No.×)そして甲第八号証(No.八)は昭和四七年一月一九日から使用をはじめて同年三月一七日で使用済みになっていて甲第九号証(No.八)は同年三月一六日に使用をはじめて同年五月六日で使用済みだが、甲第八号証の同年三月一七日使用済みで甲第九号証が同年三月一六日使用はじめだから重複しているため「期間の連続を欠くものもあり」との指摘と思料される。前記のことについて説明すると顧客の注文をとる得意先回りは年中毎日得意先回りをするのではなく一週間に一回とか二回と決めているため前記のように期間が連続しなかっただけである。後記のことについては重複になった日に何か用事が出来て得意先回りを途中にして帰宅し、前日得意先回りが出来なかった顧客を翌日回ったため二日分の洗濯物を注文伝票に記載したので誤って預り日を逆にしたのかもしれない。一審判決で指摘されるほど重要なことではないと思料する。

三、一審判決二六ページ表七行目「昭和四七年における注文伝票の一部(乙第七号証の一乃至四二)のうちには金額の記入されていないものが多数見受けられ」注文伝票(甲第二号証乃至同第二七号証)には三連式で記載するものと六連式で記載するものと二種類ある。地裁証人調書で高田初夫証言及び「乙第七号証の一乃至四二」で確認でき、その三連式は甲第二・三・四・五・八・九・一〇・一一・一三・一四・一五・一六・二一・二二・二四・二五・二六号証の一七冊で六連式は甲第六・七・一二・一七・一八・一九・二〇・二三・二七号証の九冊でそれぞれ各一冊が一〇〇枚綴(大阪国税不服審判所京都支処へ提出し確認済み)である。そうすると三連式の注文伝票一七冊(地裁判決表二四ページ一〇行目から同二四ページ裏二行目であるから)で五、一〇〇の伝票が記載されており、六連式の注文伝票九冊では五、四〇〇の伝票が記載されており、両方合わせて一〇、五〇〇もの伝票が記載されていることになるのである。それを「乙第七号証の一乃至四二」までの一部金額が記入されていないものは全体の〇・五八%になる。これをもって「多数見受けられ」との指摘は理解に苦しむし全く不合理というほかはない。また、地裁本人調書の中でも証言している。

四、一審判決二六ページ表九行目「集金の際には注文伝票に金額をすべて記入し集金手控を作成していたとしても、右集金手控は納品時に支払済みとなっているものが除かれているため売上金額の全体を把握できないこと先に述べたとおり」しかし原判決二四ページ裏一〇行目から二五ページ表三行目まで「集金手控は納品時に代金を受領したものが除かれていることになるので、これをもって売上金額の全額を把握できないが、注文伝票には全ての注文が記載される仕組であるから、本来これを集計することによって売上金額を把握することが可能であると考えられる。」同二五ページ表九行目から同ページ裏三行目まで「原告が昭和四七年分の売上金額を四五九万一、五七六円と申立てた当時には右資料がすべて揃っていたとの部分も存在し、右注文伝票(甲第二号証乃至同二七号証)を集計すれば四〇六万五、三八〇円となり、集金手控(甲第二八号証乃至同第八八号証)を集計すれば四二七万五、七六〇円となる。」との旨判示している。

次に本人調査より被告代理人「昭和四六・四七年度の所得はどうやって計算したのですか、会計帳簿、その他基礎になる資料はどんなものですか。」証人「請求書です。」、同代理人「甲二の請求書ですが、この綴は中味が三連のものと六連のものがありますね。」証人「そうです。帳面を買ったとき、三連のものと六連のものがあっただけのことで、私としては区別して使っているわけではありません。いずれも二枚複写になっています。」同代理人「二枚とも請求書ですか」証人「間にカーボンを入れて書いて、一枚は請求書となり、一枚はうちの帳面になります」、この証人の言う請求書とは売上伝票を示しており、裁判官の指摘している集金手控のみで売上金額を計算したのではないのである。また昭和四七年一月分の代金を集計した分を除く集金手控(甲第二八号証乃至同八八号証)の集計金額と先に述べた昭和年四七年の現在無い期間の部分を除く注文伝票(甲第二号証乃至同二七号証)の集計金額の差額二一万〇、三八〇円、また昭和四七年の上告人主張の売上金額と集計手控の集計の差額三一五、八一六円、注文伝票との差額五二六、一九六円など、何一つ不自然な所がないのである。ようするに不完全と指摘されている部分の注文伝票の売上金額は五二六、一九六円で昭和四六年一二月二一日から昭和四七年一月二〇日迄の昭和四七年一月分の集金手控の集計額と店頭及び配達して納品時に代金を受領した集計額の合計は三一五、八一六円となるのである。

五、一審判決二六ページ裏二行目から同四行目「原告は金銭出納帳を作成していないので、代金の入金については帳簿との照合確認が不可能である」とあるが原判決二一ページ裏二行目から同二二ページ表三行目で判示した青色申告と白色申告の更正処分で通知書の理由の附記のことと同じである。青色申告者は税法に帳簿備付、記帳、確定申告における明細書添付等の義務を負っているのであり、他方、白色申告者は帳簿の義務を課せられておらず確定申告における時も、所得金額さえ附記するだけで足りるとしているのであり、また青色申告者にしか認めていない様々な特典からも白色申告者は冷遇されているだけで、税法では白色申告も認めており、また白色申告者の申告は「でたらめである」と受け止められるようなただし書きもないのである。ただ、裁判官及び被上告人が独善的に正確な数値を把握することが不能または困難であり、比較検討の対象たる同業者の選定が不可能であるか、合理性を欠いていると勝手に判断しているのであって、上告人の今まで主張及び各甲号証と後々立証していくが、そのような事柄から加味し、判断したら白色申告である上告人の資料は信頼に値すると言わねばならない。

六、原判決二六ページ裏一一行目から同二七ページ表二行目「京都市における昭和四七年の一世帯当り平均一か月間の消費支出額は世帯三・八六人で九九、六三五円であるから」乙第一五号証の細部まで検証すると、世帯主年齢四七・六歳とある。日本の社会は昇格、昇給など勤続年数とか年功順になっており、当時二八歳の上告人と二〇歳の年齢差があり、これを同一のモノサシで測る神経は常識を疑う。まして上告人の世帯は申告所得八〇万円と専従者控除額の合計で生活を維持しており、そういう世帯と地位も生活も安定した世帯の消費額と比較するのは無理である。また子どもの年齢にしても上告人の長女は六歳で他方は年齢から推定すると二〇歳前後の子どもが二人おり、それから考えあわせても食料、光熱、被服、その他全般にわたって消費支出額は上告人より大巾に上まわっていること明らかである。乙第一四号証についても同様である。

七、原判決七ページ表二行目から同五行目「これを五・五人に引き直すと、一四一、九六六円、年間にして約一七〇万円となり、原告の同年分の所得額が八〇万円程度であったというのは信用し難く」控訴人準備書面第二及び前項でも述べた通りであるが、付け加えれば勤労所得の幅は「月とスッポン」「ピンからキリ」のたとえのごとく千差万別である。

どんな合理的な裁量であっても推しはかることは無理で本人以外知り得ないのである。昭和四七年は上告人の人生を左右する勝負の年であることは主張どおりである。商売人にしか理解できないことです。

でも長い人生行路これに似た体験、裁判官も一回や二回は経験しているのではないですか。しかし、証明せよといわれたら返答の仕様がありません。

八、原判決二七ページ表七行目から同一〇行目「原告は昭和四七年中に合計三二四万六、〇〇〇円を投入して諸機械設備を購入していることが認められ、この購入資金のうち二〇〇万円が借入資金だとしても、八〇万円程度の所得金額でこれらの購入は不可能というべきであり」この諸機械購入資金の調達は、前述した原判決文にも述べられている借入資金二〇〇万円と矢代洗濯機株式会社へ一年後支払期日の約束手形三四万円(大阪国税不服審判所京都支所へ提出し確認ずみ)、それに地裁提出の原告第五準備書面第三及び控訴人準備書面第三で述べた独立するために夫婦で力を合わせ必死になって貯えた資金である。それが所得金額を偽り調達したように判示しており、証拠も何もないのに先きばしりした判示というほかない。また夫婦で汗水を流し働いた苦労がむくわれないし、当時二人で語った「今やっとあの時の金を生かすことができたなあ」もこの裁判の結果次第で消されてしまうのである。

何回も言うようだが、近所に大きなマンションが建ってから、そこで得意先を開拓することに全力をあげれば、借入金返済は可能と判断し、設置にふみきったのである。そのマンションが全てであった。都会の中心は郊外へ出る人が多く都会のかそ地になって同業者間の得意先開拓競争の中、勝ち残れ、如何に比重をかけたか本人証言、準備書面などからわかってもらえると思う。また従来の得意先のクリーニング料金よりも安くしているが、注文伝票の一部を見てもられば料金が記入されている。

九、原告提出の注文伝票、集金の手控がすべての得意先を網羅したものとの確認することができないことをも考え合わせると、右注文伝票集金手控をもって原告の昭和四七年分の売上金額を算定する資料とは認め意ないものと言うべきである(原判決二七ページ裏九行目から同二八ページ二行目)。

注文伝票(甲第二号証乃至同第二七号証)はすべての受注した品名、客名、日付け、金額が記載されその受注品はクリーニング工程にのせ仕上った洗濯物は、店頭渡し、または得意先に納品するが、この時、現金で支払いのない客は、毎月二〇日しめで注文伝票の複写の部分を得意先別に分け、一か月間の受注品、金額等を集計して集金手控(甲第二八号証乃至同八八号証)を作成するものである。注文伝票にすべての受注品が記載されていなければ、集金手控の作成は勿論の事、品物との照合もできなくなり間違いも多発し、得意先の信頼も落ち、営業が成り立たなくなる。存しなかった資料を提出できるはずもなく、これが全ての注文伝票であるとの証明書作成は不可能である事実を無視して指摘するのは理解できません。これでは仮りに記帳を正確にしていたとしても、これだけしかないという証拠を出せというのと一緒で証明のしようがない。提出され資料が全てであると判断して審議しなくては確定申告者全員が裁判をしたとしても敗訴に追い込まれるのではないだろうか。また、この訴訟前、後において得意先へ大規模な反面調査を被上告人が実施しており、判決通りの売上金額であれば、上告人主張の売上金額と二七%も誤差があるのだから、不信なところが多数出てくるはずなのに何一つとして出てこない。

一〇、原判決二八ページ表三行目から同七行目迄「昭和四六年分については……昭和四七年分の如き伝票類等は一切提示のなかったことが認められ、本件訴訟においてもなんら提出されていないので、所得金額を把握することは不可能である。」

事実を証明する資料が残っていないことは認める。だが同年確定申告を算定した当時には資料がすべて揃っており、それを基礎に算出したのである。だが今は、証明する資料がなく、反論する余地がない。そこで昭和四七年分をよく分析して確かな判断を仰ぐ次第である。

一一、原判決三〇ページ表五行目から同八行目「被告は、収入金額を算定するため、同業者の原価及び一般経費率(同業者率)を適用して推計する方法を主張するが、本件の如く原価及び一般経費を把握し得た場合の収入金額を推計する方法としては相当である」原判決の別表三(同業者率表)の昭和四七年分の番号1から4までの売上金額合計は二〇六七万四、〇八一円で一軒平均すると五一六万八、五二〇円になり、それを同原価及び一般経費率の平均二二・九四%で計算した一%の売上金額は二二万五、三〇六円にもなるのである。控訴人準備書面第三の〈ホ〉でも説明したとおり、昭和四七年の設備だけで約六・七%も一般経費率を引き上げているのである。この設備はこれから殖えるであろう得意先に標準を合わせて先行き投資した設備である。それにまだ利益を生じない減価償却費率六・七%(一五〇万九、五五〇円)を先取り計算して推計しているのである。もしも、昭和四七年でなく同四八年七月にメガロコープという四〇〇世帯も入るマンションができていれば、昭和四七年の如く先行き投資もできないし、控訴人準備書面で述べた諸経費もないから別表三(同業者率表)の原価及び一般経費率(平均二二・九四%)と類似することになる。朝日新聞の昭和五八年六月四日付朝刊八面記載の記事にも金利負担や償却費の増加のため減益する事実を記載しているのである。別表三の同業者の乙第六号証の一乃至九の中には、地裁原告第五準備書面の第二で指摘したとおり、信用のできない設備が記載されたり、償却費がすでに終った設備が多くあり、高裁判決文中、「費目については控訴人が他の同業者に比して多額の費用を支出しているものもあれば、逆に他の費目については同業者に比して少額に止まっているものもあると推認されるが、」との判断は、昭和四七年についてはあてはまらず、そうした無理な判断が積り積って原審と被上告人の推計が雲をつかむような売上金額になったのである。上告人に対して、原審と二審で昭和四七年の売上金額を認定した額六二三万六、二七七円を別表三(同業者率表)の原価および一般経費率の平均二二・九四%で計算した一%の売上金額は二七万二、〇五一円になり前記した同業者一%の売上金額は二二万五、三〇六円でその差四万六、七四五円もあり、これまた不自然である。わずか一%といっても売上金額に引き直すと多額になるので、もっと慎重さが必要である。「表一」

一二、原判決三一ページ裏五行目から同三二ページ表四行目

「右同業者の各原価及び一般経費率を求めると別表三の〈3〉のとおりとなり、その平均値は昭和四六年分が二一・八三パーセント、昭和四七年分が二二・九四パーセントとなる。(2)ところで、同業者の平均率による推計の場合、その推計の基礎となる各同業者の営業状況に差があるのはむしろ当然のことであって、その平均値を求めるのが本件推計方法の目的なのであるから」

だが控訴人準備書面の第八に記載のとおり別表三による番号3と同4の昭和四七年原価及び一般経費率の差は一〇・七六パーセントで先に述べた同業者経費一パーセントでの売上金額で計算すると二四二万四二九二円となり、上告人の売上金額を認定した経費率で計算すると二九二万七二六八円にもなるその差額を無視して平均値を求めることは合理的で相当であるといえるのであろうか。

一三、原判決三二ページ表一行目から同八行目

「推計方法が業種の同一性・営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、同業者の通常存する程度の営業状況の差異は無視し得るし……推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないものと解すべきである。」

営業規模が事実類似しているか顕著なものか上告人と被上告人のどちらが正当性があるのかよく分析し確かな判断を仰ぎたく残されていない資料、先に述べたいくつかの証明の要素がないものなどは斟酌することを要して解すべきである。

一四、原判決三三ページ表一行目から

「原告の妻が本件各係争年とも出産し、また原告の弟が全くの素人であったとの点を考慮しても、それが同業者選定のための条件として全く不合理ならしめる程度の顕著なものとは認め難い。」

控訴人準備書面第六で年換算人員を主張いたしているが、弟の従業月数は九ケ月で年で換算すると〇・七五人になり全くの素人であることを考えると数値は下ると思われ、妻にしても係争年とも出産しているので年換算人員〇・八人より数値は下ると思われそのところも斟酌を願いたい。また、同準備書面同項で一人当りの年間売上額から正当性を主張したが再度申し上げまた付け加えたい。

「表二」により明らかに不合理な売上金額を認定したかわかります。また控訴判決文3「昭和四七年にメガロコープの顧客八〇世帯の増加があったが、そのために特に従業員を増やすことなく、或る程度無理があったが人手不足の状態のまま経過したことが認められる。」

表によると別表三の一人平均売上金額一二四万〇七七七円で上位人主張売上金額の一人平均売上金額一三五万〇四六三円になり上告人のほうが一〇万九六八六円上回っており、メガロコープの入居も七月からで、原審三二ページ裏八行目「同年一〇月以降は更に鈴木が加わったことが認められ、」となっており、前記した控訴判決文は失当である。上告人の年換算人員を斟酌してもらえれば平均売上金額はもっと高くなり原審認定売上金額はとうてい不可能となるのである。

一五、原判決三三枚目表六行目同一一行目まで

「原告の昭和四七年度における外注費は後述するとおり五六万四五三〇円と認められるが、これを五〇パーセント減ずれば約二八万二〇〇〇円、五〇パーセント加えれば約八四万七〇〇〇円となり、原告の営業規模の類似性の指標としてこの程度の幅を設けたのは相当である。」続いて三三枚目裏九行目から三四枚目裏二行まで。

「原告の原価及び一般経費をもとに同業者率を適用して原告の昭和四七年分の収入金額を推計すると六二四万八五四円となるところ、これによって同年分における原告の外注費率を計算すると九・〇五パーセントとなるのに対し、別表三の同業者の昭和四七年分の外注費率を計算すると……これらを平均すると一二・九五パーセントとなり、原告の外注費率との間に開きを生ずることになるが、証人高田初夫の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、クリーニング業における外注費にはドライクリーニングのほか洗張り、しみ抜き、修理等種々なものがあり、外注費と売上金額とが必ずしも関連しないことが認められ、このような外注費率の差をもって本件推計を不合理ということはできない。」

控訴判決にも同様のことを判示している。

〈イ〉 原判決九ページ表八行目から同一〇行(4)に目を通していただきたい、そこには「(4)年間外注費(ドライクリーニング元洗い)が二八万二〇〇〇円から八四万七〇〇〇円までの範囲内の者であること」が記載されている。ところで原審で上告人の外注費を認定した五六万四五三〇円とは前記の種々なものが含まれている金額である。

(4)を根拠に別表三の同業者率表の1から4である同業者は、選考したのであるから、その外注費は全額ドライクリーリング元洗いの額であることは否定できない。ところで上告人ドライクリーニング元洗い(昭和四七年分)請求額は五三万四四五〇円であり、同支払額は四八万二七〇〇円(値引きのため)である。

控訴判決文別表・同文(証拠)に記載された甲第一〇四号から年一三六号及びドライクリーニング元洗い外注先の店主証認等によりこれも否定できない。となると指標となる別表三のドライクリーニング元洗い金額は、上告人のドライクリーニング元洗い金額を五〇パーセント増減の幅からはみ出す(支払金額の場合)ところがある。

前記(4)の選定基準それに同調した判決文は無効と思料される。高裁判決文に「甲第一〇四号ないし一一三号証には右金額とは異なる金額をドライクリーニングの料金として領収した旨の記載があるので、毎月のドライクリーニングの外注費が別表の通りであったと認めることは困難であるし、」と判断しているので証人高田初夫の証言を記載する。被告代理人「外注費ですが、原告から提出された資料により算出したのですか。」証人「ドライクリーニングとしては、背広、モーニング、その他厚物の外注として出した外注伝票、請求書、領収書がありました。裏付をとりました。支払金額をチェックしました。」

〈ロ〉 本人証言から。原告代理人「ドライの設備はありますか。」証人「当時はありません。昭和四八年に設置しました。ドライは当時外注に出していました。」同代理人「そのた、外注に出すものがありましたか。」証人「洗い張り、しみ抜き、染、京洗い、洋服修理、カーペットクリーニングは外注に出していました。」同代理人「外注費が他店と同じであれば、同じ規模の店といえますか。」証人「外注品に種類があって、それによって売上げが違います。」先に述べた被告代理人「外注費ですが……」高田初夫証言「ドライクリーニングとしては……」のとおり上告人の外注費は種々含まれ高裁においても気ずかず別表三の同業者も同様であると判断したため外注費からの推計は困難であると思料した。

裁判官も発見できなかったのは遺憾極まる。となると上告人と一応の類似性がある同業者であるから店頭や得意先回りで預かる洗濯物の度合いは同程度と思料され、またその洗濯物を選別したドライクリーニングの外注割合も同様と思われる。別表三の同業者売上金額の差異は得意先の軒数により幅があると思料され、上告人ドライクリーニング外注費四八万二七〇〇円(請求額五三万四四五〇円)から比較すると別表三番号1の外注費は一、五三倍、同2は一、五八倍、同3は、一、一一倍、同4は一、三四倍と顕著であるにもかかわらず上告人売上金額を六二四万〇八五四円と認定したのは不合理である。

乙第一三号証の二でのドライクリーニング元洗い料金単価と上告人ドライクリーニング元洗い料金単価及び乙第六号証の三、五、七、九、各号証の品別料金額と上告人品別料金額乙第一三号証の一などからも顕著なものでなく昭和四七年売上金額四五九万一五七六円が正当である。「表三」のとおり。

一六、原判決三五ページ裏五行目から一一行目まで

「別表三の同業者は原告と異なり「黒もの」を多く扱っているところで、主として「白もの」を扱う原告の比較資料とならない旨主張するが、原告本人の供述によれば、他所より白いものが多いとの感じがするというにすぎず、また別表三の同業者が原告より黒ものが多いとする証拠もないので、原告の右主張もまた理由がない。」

ドライクリーニングとは被告第四準備書面一の(二)で記載しているとおりで黒ものを洗浄するのである。だから売上金額に対してドライクリーニング外注費率の占める割合が高ければ黒ものが多くて白ものが少く低ければ黒ものが少なく白ものが多くなるのである。白ものの売上金額の占める割合が高くなると原価とか一般経費、特に電力と水道、石ケンノリ、灯油、が増え作業も時間がかかる。「別表三の番号3」も上告人と外注費率、原価及び一般経費率が類似しており、同様の営業内容であったと思われる。

一七、高裁判決は次のとおり訂正した(原判決二七ページ裏九行目から十一行目)

「原告提出の注文伝票、集金手控がすべての得意先を網羅したものと確認することができないから」しかし裁判官は判断、判示などの材料としてデーター、理論、資料などで合理、不合理の心証をとっている。しかし真実は一つしかないのだからそれに向って判断を願いたい。そのためには提出資料だけで物事を判断せず外部のその道の専門家がいるのだから聞く耳を持ってもよいと思う。真実を追求してほしい。上告人は何を求めて裁判をしたのか、真実を証明したいからである。合理性とか、比率とか、無視しえるとか判決の基準は一体何であるのか。私は真実を見きわめ判決するのが正しいと思う。

一八、被告第七準備書面三

高田証人「外注の加工伝票の内ある特定の地区を抽出したうえ、これと売上との対応をチェックしたところ関連する答が出ませんでした……。」及び売上伝票と請求書を対比した結果合計額において二割位違っていた……。」であるが外注加工伝票の特定の地区を抽出、の意味が理解できないのだが加工伝票にはブロック別の記号など記入されておらず地区とか対応、チェック、関連など、どうして確認しようとしたのか判断に苦しむ。また合計額において二割違っていた、と指摘しているが高田証人調書において、裁判官「それと伝票の月別にやられたのですか。」証人「はい。」その後前記の文に続くのだが一ケ月分とは毎月二一日から次月の二〇日までで、二割違っていた計算は、一日から月末までを合計したのではないかと思料する。

以上

表一

地裁判決別表三(昭和47年)より抜粋

〈省略〉

原審認定額の原価及び一般経費1,431,652円から

広告宣伝費58,990円、接待交際費89,855円の1/2 44,927円

昭和47年取得した種類の減価償却額306,588円を減じた上告人の原価及び一般経費である。

表二

地裁判決別表三(昭和47年)より抜粋

〈省略〉

表三

地裁判決別表三(昭和47年)より抜粋

〈省略〉

上告人売上金額4,591,576円は上告人の主張売上金額

〃 〃 6,240,854円は原審認定売上金額

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